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【エッセイ#11】 「フラミンゴ」

 ラスベガスの老舗ホテル「フラミンゴ」を建てたベンジャミン・シーゲルを描いた映画「バグジー」を観たことがありますか?ニューヨークのマフィアで殺し屋、「虫けら(バグジー)」というニックネームで呼ばれていたベンジャミンは、ある日、仕事の依頼を受けにハリウッドを訪れます。そこで知り合った女優とラスベガスの小さなカジノを訪れたとき、目の前の広大な砂漠を前に、今までにない豪華ホテルを建てカジノビジネスをもっと大きなものにしようと思い立ちます。そしてマフィア仲間から資金を集め、理想のカジノ・ホテルの建設を始めました。

 現在のラスベガスは巨大ホテルが建ち並び、ギャンブラーだけではなく家族連れでも楽しめる、街全体が巨大なテーマパークです。ラスベガスがこのような繁栄を見せるようになったのはここ50年ほどのことで、第二次大戦が終わって「フラミンゴ」がオープンした頃にはちょっと大きめのモーテルが数件ある程度の小さな町でした。

 ラスベガスの目抜き通り「ストリップ」に立ち並ぶ巨大ホテル群の始まりと言われる「フラミンゴ」の誕生物語は、映画「バグジー」を通して有名になりました。ところがこの映画では存在がかき消されてしまっているある人物について知っている人は、あまり多くないでしょう。

 2000年1月に出版された「The Man Who Invented Las Vegas」は、ウイリー・ウィルカーソン3世(Willie.R.Wilkerson III)が、彼の父ビリー・ウィルカーソン(W.R. "Billy" Wilkerson)について書いた伝記です。この本のなかに、本当の「フラミンゴ」誕生物語があったのです。

 ハリウッドの映画界を扱った芸能情報誌「ザ・ハリウッド・レポーター」(The Hollywood Reporter)を発行していたビリー・ウィルカーソンはまた、映画俳優が多く集まることで知られるレストランも経営していました。しかし経営者、実業家としてよりはむしろ、ギャンブル好きで有名だったそうです。カリフォルニアで賭博追放運動が激しくなると、飛行機をチャーターして全米のカジノを遊び歩くほどの熱の入れようでした。ロサンゼルスからクルマで3時間ほど離れたリゾート地にアローヘッド・スプリングス・ホテルを建設して大成功させますが、そこで招待客だけを相手に違法だったカジノを運営、それが州政府にバレて御用になったこともあったそうです。

 ビリーの「合法的にカジノを運営したい」という夢はカリフォルニアを離れ、お隣のネバダ州ラスベガスに33エーカーの土地を買い取るところからはじまりました。街のメインストリート、ストリップには、すでにエル・ランチョ・ベガス、ラスト・フロンティアなどといったホテルがありましたが、ビリーにとってはどれもこれもちょっと大きめのモーテル程度しにか見えませんでした。

 「フラミンゴ」と名付けられた彼のプロジェクトは、それまでは誰も考えもつかなかったような巨大アミューズメントホテルの建設でした。250の客室を持つホテルには、カジノをはじめナイトクラブやバーラウンジ、レストランやショッピングモール、ジムなどを完備、野外プールやテニスコートも併設します。当初のビリーの計画には、射撃場やバトミントン、ハンドボールのコート、スカッシュ場、ゴルフ場もあったそうです。

 このプロジェクトのための見積もり費用は当時の価格で120万ドル。しかしギャンブル好きで知られるビリーには誰もが貸し渋ります。それでもなんとか必要額の半分ほどを銀行から、残りを友人から借りることができました。ところが第二次世界大戦の影響で資材の価格が高騰、建設費はあっというまに2倍に跳ね上がります。

 もうこれ以上の資金を集められなかったビリーは、やむなくラスベガスからの撤退を考えていました。そんなある日、フラミンゴ・ホテルの将来性に目を付けたマフィアのボスが資金提供に手を挙げます。ビリーの取り分は1/3に減ってしまいますが、プロジェクトは生き残りました。このときフラミンゴの運営に任命されたのが、バグジーことベンジャミン・シーゲルだったのです。この後の展開は映画「バグジー」にあるとおり。バグシーはプロジェクトの内容を勝手に変更して資金を横領。なんとかオープンしたホテルも赤字を出し、バグジーはマフィア仲間から狙われるはめになります。

 1946年にオープンしたフラミンゴ・ホテル。現在はフラミンゴラスベガスとして運営されています。新しい巨大ホテルの陰に隠れながらも、ラスベガスを代表する老舗ホテルであることにかわりはありません。




「ラスベガスから、日帰りドライブ」

 人工の不夜城だけがラスベガスじゃない!ちょっと足を延ばせば日本では考えられない大自然が広がっています。グランドキャニオンやモニュメント・バレー、フーバーダムはもうおなじみの観光スポットでしょう。そこでベガスの街から日帰りで行けるお勧めのスポットを2カ所、紹介します。スロットマシーンもショッピングモールもレストランもないけれど、どこかよその惑星に来たのではないかと錯覚するような砂漠のなかの大自然。レンタカーを借りて出かけてみて下さい。

「レッドロック・キャニオン」 http://www.redrockcanyonlv.org/

 ベガスの市内からクルマで約30分。どこまでも続く広大な砂漠のなか、真っ赤な岩や巨大な断層を望みながらのドライブが楽しめます。レッドロック・キャニオンを走るシーニック・ループ・ドライブ(SCENIC LOOP DRIVE)は一周13マイルの舗装された快適な道路。途中にクルマを停めてハイキングコースを歩くこともできます。ただし夏場は40度を超える砂漠地帯。ビジターセンターで地図をもらい飲料水も多めに持って、計画を立てて楽しんでください。

「デス・バレー」 http://www.nps.gov/deva/

 市内からは片道2時間のドライブになります。まず、クルマのガソリンは満タンにしておいてください。飲料水を多めにもって、できれば携帯電話もあれば心強いですね。あっ、繋がらないかも?でもデス・バレーは国立公園なのでレンジャーがクルマで見回りをしています。万が一クルマが故障しても、しばらく待てば助けを求められます。

 長野県ほどの広さをもつデス・バレーは、縦に200キロ、横80キロの長方形をしています。どこまでも続く砂漠、草も生えていない荒野。この風景は、西を目指してやってきた多くの開拓民の気力を奪い、命を奪ってきました。「なにもない」というものがどういうことなのか、いちど体験してみてはどうでしょうか?




 ★ Book

The Man Who Invented Las Vegas

 Willie.R.Wilkerson IIIによる、父、W.R. "Billy" Wilkersonの伝記。フラミンゴ・ホテルの本当の歴史物語が語られています。残念ながら邦訳はされていないようです。

 ★ DVD

 バグジー [DVD]

 映画「バグジー」がいよいよDVD化されました。
出演:ウォーレン・ビーティ,監督:バリー・レビンソン

 ★ Websites

「ラスベガス大全」 http://www.lvtaizen.com/

 日本語によるラスベガスの大百科サイト。ベガスで遊ぶための情報がぎっちり詰まっています。ベガスのホテルの特徴を一軒ずつ詳細に解説。日本語ツアーの申込みもできます。ベガスに行くなら絶対チェックです。


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2009/12/05(土) | 【エッセイ】 | トラックバック(0) | コメント(0)

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