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【エッセイ#13】 「What a Wonderful World」

 若い連中にね、ときどきこんなこと言われるんだ。

「ネェじいさん いったいこの世界の何処がワンダフルドなんだい?」

「戦争、飢え、環境破壊、とてもワンダフルとは言えないよ!?」

 ちょっと待ってくれ、私の話も聞いて欲しい。世界が悪いんではなくて、私達が世界にしていることが悪いんだ。あきらめないで努力さえすれば、世界はもっとワンダフルになる。秘密は、ラブ、愛さ!!もし私たちがもっともっとお互いを愛し合いさえすれば、多くの問題が解決する。そうなったら世界は最高。だから、私はいつも歌ってるのさ。

♪ "I see trees of green, red roses too・・・"♪

 ルイ・アームストロング(Louis Armstrong)の70歳を祝う誕生パーティの後に行われた録音で吹き込まれた "What a Wonderful World"。その前奏部分でルイが語った言葉です。

 今でも多くの人種差別問題を抱えるルイジアナ州。アジアの国である日本との文化や経済交流も少なく、観光で訪れる外国人も決して多くはありません。そんな中で唯一、音楽を通して世界的な観光都市になっているのがジャズの街、ニューオリンズです。

 1900年当時、あらゆる犯罪が絶えないニューオリンズの黒人街でしたが、そこでは音楽もまた決して絶えることはありませんでした。教会から聞こえてくるゴスペル、飲屋街に流れるブルース、そして陽気な葬式パレード。そんな中で育ったルイは、いつしか少年コーラス隊を結成してチップをもらうほどになっていました。

 しかしある新年のお祭りで騒ぎを起こしたルイは、警察に捕まり少年院送りとなります。爆竹やおもちゃの銃で新年を祝う子供達に混じって、あろうことか自宅で見つけた父親の本物の銃を発砲してしまったのです。

 ところが送り込まれた先の少年院、その中にある黒人少年ブラスバンドでルイはコルネットを担当することになります。これこそ彼のその後の運命を変える出会いでした。昔から憧れていたコルネット、それが少年院で手に入ったのです。

 1年半後に少年院を出たルイはすでにプロ並みの腕を持っていました。すぐに一流ミュージシャンから認められ、さまざまなバンドで演奏しながらその腕をめきめきと上げていったのです。

 ニューオリンズで生まれたと言われるジャズ。その音楽をシカゴ、ニューヨーク、ついにはヨーロッパやアフリカ、そして日本へと広めたのはルイのラッパと歌声でした。そしてルイの音楽は国境だけではなく、音楽ジャンルの壁も越えていきます。バーンスタイン指揮のニューヨーク・フィルとの競演「セントルイス・ブルース」は、クラシックとジャズの奇跡的な融合でした。

 過密スケジュールが身体に負担をかけ始めた70代。医者の忠告を無視して演奏旅行を続けたルイでしたが、ついに心臓発作を起こし、1971年7月6日、この世を去りました。


 あるファンが、ニューオリンズの地元誌にこんなコラムを寄せています。

 地元ニューオリンズにルイ・アームストロングがやってくるというから、借金して最前列の席を買ったんだ。目の前でルイが演奏するのを観たかったからね。演奏が始まってしばらくすると、客席から1人の老人がステージに向かって歩き始めた。ルイはその老人に気づくと、演奏を止めて、なぜか急に泣き出したんだ。

 老人はステージに上がると、脇に抱えていたボロボロのコルネットをルイに差し出した。それは少年院でルイが初めて手にしたコルネットだった。老人は、当時ルイにコルネットを教えた先生だったんだよ。ふたりは抱き合うと大きな声で泣きじゃくり、そして笑っていた。




「Jazz Funeral」

 Jazz Funeralとは、ニューオリンズの名物とも言えるジャズのお葬式「ジャズ葬」のことです。昔、貧しく生命保険や共済に入れなかった黒人たちは、自分たちだけの保険組織を作りチャリティーやボランティア活動を行っていました。組織員の誰かが死ぬと生命保険が支払われ、ジャズバンド付きの葬式を挙げてくれるのです。

 ジャズバンドはまず静かに賛美歌を演奏しながら、その音を聞きつけて集まってきた近所の子供達を引き連れて葬儀の行われている教会へと向かいます。そして式場に到着すると、今度は葬送行進曲を演奏し、棺が墓場へと運ばれていく列に続いて行進します。

 棺が埋められ葬式が終わると、バンドはいきなり陽気な音を鳴らし始めます。

 「辛い苦痛の人生を終えて、魂は今自由になった。みんなでそれを祝おう!」

 葬式帰りの人々は、野次馬も含めみんなで踊りながら街へと帰っていきます。バンドが演奏する「聖者の行進」に引きつけられて次々と人が集まり、時には数百人の行列になることさえあります。

 ルイ・アームストロングにとって、子供のころに「ジャズ葬」で演奏したのが一番の思い出でだったようです。当時、バンドのメンバーになるのは貧しかった子供達の一番の夢だったのです。




「おまけ」

 サッチモの愛称で知られるルイ・アームストロング。彼の奥さんが旅先で小さなクリスマスツリーを買ってサッチモにプレゼントしたところ、彼は子供のように喜んでいつまでも寝っ転がりながらキラキラ光るツリーを眺めていました。

 あんまり楽しそうなので「どうしてそんなにうれしいの?」と夫人が聞いてみると「だって、これはボクにとって初めてのクリスマスツリーなんだよ」と答えたそうです。子供の頃は本当に貧しかったのでしょうね。42歳で初めて手にしたクリスマスツリーに喜ぶサッチモ。もし気になったら、そんな彼の音楽をぜひ聴いてみてください。




★ Website

Satchmo.net

 「サッチモのことを知るためなら英語も苦にはならない」という方は必見のサイト。「英語を読むのはまっぴらゴメン」という方は、アーカイブの画像で楽しめます。

★ CD

What a Wonderful World

 ルイ・アームストロングって誰?という方、もしも興味があったら、まずはどこかで聴いたことのあるはずのこの曲をどうぞ。


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2009/12/19(土) | 【エッセイ】 | トラックバック(0) | コメント(0)

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