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【エッセイ#23】 「KO」

 ジョージア生まれのジョン・ペンバートン(John Penberton)は、とても苦労の多い人生を歩んでいました。薬剤師だった彼は自ら薬局を経営、やっとの思いで商売が軌道に乗ったころに南北戦争が勃発、南軍の兵隊として戦地に赴き、戦闘で負ったケガがもとで重度のリュウマチを患ってしまいます。戦争が終わるとアトランタで再び薬局を開きますがうまくいかず、しかしなんとか繁盛しはじめるた頃、今度は火事で店を失うこと2回。それでも彼が情熱を燃やし続けらたのは、当時ちょっとした流行だった「新薬開発」の夢のためでした。火災による借金を返し終えると、ジョンは再び新薬開発をはじめました。

 1879年当時、今日の薬事法のような法律はなく、薬剤師達は独自にさまざまな薬を開発しては、大きな富を築いていました。そんな中、注目を集めていたのは「奇跡の植物」と呼ばれていたコカでした。当時はコカインの習慣性はあまり知られておらず、なんの取り締まりもなかったのです。そしてワインにコカを加えた薬用酒がヨーロッパで大ブームになっていました。あのエジソンやローマ法王も愛用していたそうです。

 ジョンはさっそくこの薬用酒をヒントに新しい薬を開発、ワインにコカとカフェインを加えた「フレンチ・ワイン・アンド・コカ」という薬用酒は1週間で1000本ほども売れました。

 ところがジョンの苦労は続きます。あの禁酒法を施行する州が出てきたのです。ワインをベースにした「フレンチ・ワイン・アンド・コカ」は禁酒運動のやり玉に挙げられ、売り物にならなくなってしまったのです。アルコールを使わない薬用飲料の開発が必要でした。持病のリューマチによる痛みを和らげるため、モルヒネ中毒になりながらもジョンは新薬開発を続け、1886年、ついにアメリカの歴史上もっとも偉大な発明のひとつがなされました。それはワインのかわりに炭酸水をつかった薬用飲料「コカコーラ」でした。

 翌年、コカコーラの特許を取ったジョンでしたが、すぐさまアトランタの薬業者、エイサ・G・キャンドラーに売却してしまいます。エイサは優れたマーケティングでコカコーラを薬用飲料から嗜好飲料へと変えていきました。薬局の店頭で1杯5セントで売られていたコカコーラは、190mlの瓶詰めにされて瞬く間にアメリカ中に広まっていったのです。

 やがてコカの習慣性が知られるようになると、コカコーラを飲むことに不安を持つ人たちが増えていきます。エイサはコカコーラにコカを使うことをやめ、健康的な飲み物であることをアピールしました。しかも彼は「いままでコカコーラにはコカインが入っていたのか?」という社会からの疑問を拭うため「コカコーラにはもともとコカは使っていない」とさえ言ったこともあるようです。

 アメリカ全土で大人気のコカコーラでしたが、その類似品との戦いもすさまじいものでした。多いときには7000以上にも及ぶコカコーラの類似品が市場に出回り、ブランド戦略のためにコカコーラ社が使った広告費は1912年当時ですでに100万ドルを超えていたそうです。独自のボトルデザインや数々のコカコーラグッズの販売、今でこそ世界的に常識となった「赤白の服を着たサンタクロース」も、コカコーラの広告がその始まりでした。

 ところがそんな中、とうとうコカコーラに追いつき、追い越す勢いで独自のコーラを販売する企業が現れました。ペプシです。1985年、ペプシの猛追をかわすべくコカコーラはさらにさっぱりとした味にするようシロップの調整を変更しました。よりペプシの味に近くなったと言われたこの新しいコカコーラは、事前の目隠しテストでペプシよりも良い成績をあげていました。ところが発売後の反応は酷いもので、消費者ホットラインへの抗議電話は日に8000本を越え、手紙は4万通以上も届けられました。新しい味が云々よりも、みんな子供の頃から慣れ親しんだ昔ながらのコカコーラが欲しかったのです。

 こうして対ペプシのコカコーラの戦略は大失敗に終わったかのように思われましたが、逆にこの事件で一気に注目を集めると、昔ながらのシロップに戻した「コカコーラ・クラッシック」がペプシを越える勢いで売れたのです。

注)タイトルの「KO」というのはコカコーラ社のティッカーシンボルです。

「ティッカーシンボルってなんだよ?」

 コカコーラ社の株式を表す記号です。証券会社に「KOを一つ下さい」というと、コカコーラ社の株をひとつ売ってくれます。




「新薬長者」

 19世紀後半のアメリカでは、なんにでも効く万能薬を求めて薬剤師による新薬開発が盛んに行われていました。とはいっても実際は疲労回復や二日酔いのためのリフレッシュメント、つまり清涼飲料水のようなものがほとんどだったようです。ですから薬局とはいえ、夏の日差しのなか清涼飲料水を一杯求めて人が集まるジュース・スタンドのようなものだったのでしょう。しかし万能薬と呼ばれた清涼飲料水の販売で巨額の富を築いた薬剤師は少なくなく、当時は規制のなかったコカインを含んだアルコール飲料は決して珍しいものではなかったようです。

 禁酒法によりアルコールが使えなくなってからは、ソーダが人気を集めました。ちょうど炭酸水を工業的に安く大量に生産する技術が生まれ、さわやかな炭酸飲料が流行りはじめていたのです。そこにコカインとカフェインを含んだコカコーラが生まれたのも、時代の流れだったのでしょう。

 このときの新薬ブームで生まれた清涼飲料水のなかで、今でも売られているものがコカコーラの他にもあります。たとえばノンアルコール・ビールとして知られる ROOT BEER。当時は「6種類の植物エキスを含み、血をきれいにして薔薇色の頬をつくる」という宣伝文句で売られていたそうです。

 もうひとつ、日本でもおなじみなのが Dr Pepper。これはテキサスのドラッグストアに勤務する薬剤師が開発しました。商品名はストアのオーナーだった Dr. Charles Pepperの名前からとったそうです。




★ Websites

The World of Coca-Cola

アトランタにあるコカコーラミュージアム。コークの歴史、グッズの紹介、なんでもあります。



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2010/03/20(土) | 【エッセイ】 | トラックバック(0) | コメント(0)

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