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【エッセイ#31】 「灯りが灯るまで」

 人類が初めて電気を使った「灯り」を手に入れたのは1808年のことです。イギリスの化学者、ハンフリー・ディビー(Sir Humphry Davy)によるアークの発見が始まりでした。電池の両極から延びた針金の先に炭素棒をつけ、少しだけ隙間をとって並べてやり、そこに電気を流すと炎のような光が放たれました。「アーク灯」と呼ばれるこの器具は炭素棒を毎日取り替えなければならず、とてもお金がかかりました。またチラチラと安定しない光は強すぎて、室内の照明には不向きでした。しかも送電線などなかった当時、家庭での電力確保は無理な相談だったのです。

 「アーク灯」が初めて実用化されたのは灯台でした。さらに蒸気機関による小型発電機が発明された1873年には、工場でも使われるようになったそうです。

 白熱電灯の研究は1820年頃から行われていました。両極をつないだ金属フィラメントを白熱化させて灯りを灯す方法はすでに考え出されていたのです。問題は、このフィラメントがすぐに酸化して切れてしまうことでした。フランスのド・ラ・リーブは真空のガラス官の中に金属フィラメントを入れて試しましたが、うまくはいきませんでした。ベルギーのジョバールも同じ方法を試しましたが、やはりうまくいきません。当時、真空状態を作る技術が未熟だったのが原因だったようです。しばらく停滞が続いた白熱電球開発ですが、ロシアのアレクサンダー・ロディギンがフィラメントに炭素棒を使うことを思いついてから再び見直されます。1860年ころにはドイツのハインリッヒ・ゲーベルやイギリスのジョセフ・スワンが本格的に開発をはじめますが、やはり真空ポンプの問題でつまずきました。

 転機は水銀真空ポンプの発明でした。真空現象の研究にルックスがこのポンプを使っていることを知ったジョセフ・スワンは、再び白熱電球開発に熱中します。1877年のことでした。そして炭素フィラメントを使った白熱電球が完成したのは翌1878年です。しかし時を同じくして、ジョセフと同じ方法で、より耐久性が高く実用的な白熱電球を開発した人がいました。アメリカのトーマス・アルバ・エジソン(Thomas Alva Edison)です。

 トーマス・エジソンは1847年2月11日、エリー湖に近いオハイオ州ミランで生まれました。父親は材木商、母親はカナダの牧師の娘で、たいへん教養のある女性でした。アルという愛称で呼ばれていたトーマスは、学校では質問ばかりしている風変わりな生徒でした。あまりに基本的な質問の嵐に教師は答えることができず、逆にアルを冷たくあしらっていました。それに激怒した母親は入学からわずか3ヶ月で学校を辞めさせると、自ら家でアルに勉強を教えたのです。アルの自由な好奇心は歴史や文学、そして科学に向けられました。小さな頃から自分の実験室をもっていたアルは、やがてアルバイトで研究費を稼ぎながら、さまざまな発明をするようになります。

 ニューヨークの電信会社で働きながら発明を続けていたトーマスは、株価表示装置の特許を4万ドルで売ったのをきっかけにプロの発明家として独立しました。そして1878年10月15日にエジソン電灯会社(Edison Electric Light Company)を設立。そして翌年、白熱電球の完成を迎えることになったのです。

 トーマスは木綿糸を炭化させてフィラメントに使いました。電球の中の空気も1/100まで抜くことに成功。その結果、40時間にもわたって輝き続ける白熱電球が生まれたのです。その後もフィラメントに適した材料探しは続きました。10万ドルの資金を使い、20人の技術者を世界中に送ったのです。そして6000種以上の材料のなかから京都の竹が選ばれたというのは有名な話です。こうして完成したエジソン電球の点灯記録は800時間、ひとつ2ドル50セントで売り出されました。手作りだったためとても高価なものだったのです。




「GE」

 白熱電球の製品化に成功した頃のエジソンには壮大な野望がありました。各家庭に電球を普及させるための壮大なプロジェクトです。そのために彼は、電球のソケットやブレーカーとしてのヒューズ、配電盤をはじめ、電力計や送電のための地下ケーブルなども開発しています。こうして電力供給会社の準備をしながら蓄音機や映写機、蓄電池などを開発していくのですが、電灯の特許をめぐる裁判の費用で会社の資金を食いつぶし、とうとうエジソンは会社を去らなくてはならなくなってしまいました。

 しかし会社は順調に収益を伸ばしていきました。1892年には Thomson-Houston Company と合併、現在のGeneral Electric Companyが誕生します。いまや時価総額でアメリカのトップ5に入る大企業「GE」ですが、どのような事業を展開しているのか意外と知られていないものです。ちょっとリストアップしてみましょう。

・電子レンジ、冷蔵庫などの家電開発
・高性能プラスティック開発
・風力発電の開発
・CTスキャンなどの医療機器開発
・ジェットエンジン開発
・保険をはじめとした金融商品

 1981年に「GE」のCEOに就任したジャック・ウェルチは、数ある事業の中から世界トップレベルの分野以外のプロジェクトはすべてリストラ、得意分野だけに集中した会社経営を押し進め、21年間かけて旧体制の大企業「GE」を当時の時価総額$13ビリオンから$500ビリオンにまで押し上げることに成功しました。エジソンの情熱は、世界最大の「発明企業」となって現在でも生き続けています。


 ところでエジソンといえば、この名言・・・・

 「天才は99パーセントの努力と1パーセントのひらめきである」

 「これって、天才っていうより努力の人なんじゃないの?」と感じたのですが、いつだったかエジソンがこの言葉の真意について語っている文章を読んだことがあります。それによると、大切なのは「1パーセントのひらめき」であって、このひらめきがないままに努力を続けてもムダだということでした。なるほど、それなら納得です。


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2010/05/16(日) | 【エッセイ】 | トラックバック(0) | コメント(0)

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