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【エッセイ#33】 「ハーランドの受難」

 ハーランド・サンダース (Harland David Sanders)がケンタッキー州コービン(Corbin, Kentucky)のガソリンスタンドで、小さな倉庫を改造した客席わずか6つの小さなレストランをはじめたのは1930年6月のことでした。「もし美味しくなかったらお代はいりません」という自信と、お客一人ひとりと会話を交わすもてなしからレストランは大繁盛。やがて通りを隔てた向かい側に、客席数142のレストランをオープンするまでになりました。

 ハーランドが生まれたのは1890年9月9日、インディアナ州ヘンリービル(Henryville, Indiana)です。6歳で父親を亡くし、働きに出ていた母親の代わりに3歳の弟と赤ん坊の妹の面倒をみながら幼年期を過ごしたそうです。10歳で農場に働きに出ると、15歳で電車の車掌、そして機関士、消防士、判事助手、保険外交員、フェリーボートでの仕事など40種類以上もの職種を転々としました。ある時タイヤのセールスマンをしていた頃に出会った石油会社の支配人に勧められて、ガソリンスタンドの経営を始めます。30代後半での独立でした。

 お客が来るとまず窓を拭き、ボンネットの中を点検する。こうした細かいサービスで店はそれなりに流行ったのですが、大恐慌の煽りで急激に売り上げが落ち、おまけに干ばつの酷い年で、ツケでガソリンを売っていた農家から売上金を回収できずに倒産してしまいました。

 全てを失ったハーランドは、ケンタッキー州コービンの街でガソリンスタンドの一角を借りて小さなレストラン、「サンダース・カフェ」を始めたのでした。国道25号沿いのそのガソリンスタンドは、地元の人々だけではなく、旅行で訪れるお客も少なくなありませんでした。息子を亡くしたり店を火事で焼かれるなどの不運もありましたが、独自のサービスと自慢の味で行列を作るほどに店は流行り、食通の本にも取り上げられ、ケンタッキーでは有名なレストランのひとつに数えられるまでになりました。特にハーランドのオリジナル・レシピによるフライドチキンが好評だったそうです。そして1935年には州への貢献を称えられ、州知事から「カーネル」(Colonel)の称号を与えられたのでした。「カーネル」には陸軍大佐の意味がありますが、南部では州の名誉職として使われているそうです。

 カーネル・ハーランド・サンダースの作るフライドチキンの秘密のひとつはスパイスの調合にあります。10種類のスパイスを加えた小麦粉をまぶして揚げていたのですが、あるときひょんなことから11番目のスパイスを足すと、今までにないおいしさができるのを発見。この味は「グレイト・ユニーク・テイスト」と呼ばれ、現在まで受け継がれています。

 40歳で「サンダース・カフェ」をオープンしてからの20余年間、ようやくつかんだ成功にハーランドは幸せでした。しかし、すでに60歳を越えた彼の人生には、これからもう一波乱が待ち受けていたのです。

 1950年代に入ると全米の主要都市を高速道路で結ぶインターステイト・ハイウエイ・システムの建設がはじまりました。ケンタッキーも例外ではなく「サンダース・カフェ」のある国道25号線に並行して、インターステイト・ハイウエイ75号線が建設されました。このため旅行者はコービンの街には立ち寄らず、国道25号線の交通量は劇的に減少してしまったのです。

 しかたなく店を手放したハーランドは再び全てを失いました。ただし前回と違うのは、フライドチキンのオリジナル・レシピが残っていたことです。

 65歳のハーランドは、フライドチキンのレシピと圧力釜をもって「売り込み」の旅にでました。見知らぬレストランのドアをたたき、試食してもらったのです。そしてフライドチキンが1本売れるごとに5セントのロイヤリティをもらうという契約を結びました。これが現在フランチャイズと呼ばれているシステムの始まりです。ハーランドとはじめてフランチャイズ契約を結んだユタ州のピート・ハーマンの提案で「ケンタッキーフライドチキン」というブランド名も生まれました。

 「売り込み」の旅は決して楽なものではありませんでした。クルマの中で寝泊まりし、試食用のフライドチキンばかり食べていたそうです。訪ね歩いたレストランは1000件以上、10年間で600もの契約を結んだそうです。

 「私に『引退』という言葉はいらない。たとえどんな困難が待っていようとも、私はあきらめない。今までがそうであったように、これからも何回でも立ち上がる。命ある限り私は働き続ける」。
 ーーカーネル・ハーランド・サンダース




「圧力釜の秘密」

 ハーランドのオリジナル・レシピ、そのもうひとつの秘密は圧力釜です。ふつうにチキンを揚げると、チキンの骨の中の温度は60度くらいまでしか上がらず赤黒い血の色をした髄液がにじみ出てしまいます。そこで温度をもっと上げてやると、今度は肉の中の水分が蒸発して堅くなってしまうのです。

 圧力釜を使うと、温度は瞬く間に100度以上にまであがり、気圧も通常の倍ほどになるため水の沸点は約120度に上昇し、蒸発することはありません。このときの肉の内部温度は80度以上、髄液もかたまり流れ出すことはありません。実際には180度の油で揚げるため、チキンの表面はカラリと堅くなり水分を閉じこめます。こうしてジューシーで骨まで柔らかいフライドチキンができあがるのです。

 ところで、一般家庭で圧力釜を使ってフライを揚げるのは、危険なために法規制されているそうです。"Don't try this at home."ですよ!




★ Website

 「Free World Chicken Festival Home Page

 ケンタッキー州のロンドンで行われるチキンフェスチバルのウェブサイト。コービンの「サンダース・カフェ」を修繕して作ったカーネル・サンダースミュージアムのツアー案内もあります。



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2010/06/05(土) | 【エッセイ】 | トラックバック(0) | コメント(0)

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